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2009年6月16日 (火)

週刊『雨月秋成』


週刊雨月秋成の目次 - 週刊誌メーカー

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連載小説『財閥魚』
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 魚が泳いでいる。
 水の中、ゆらりゆらり、と、金魚らしきものが泳いでいる。
 石の中で。

 山の中で見つけたのだという。
「大変だったよ」
 そういって、彼は大きく笑った。
 このために何十年も山の中を探したのだという。
 いつか、趣味は何か、と、いう話になったとき、
「私は石探しだ」
 そういった。
 何かの冗談かと思っていたが、あれは本当だったのか。
「なにより大変だったのはね、きみ。
 この中で泳いでいる姿が見えるように外を削ることでね。
 機械で削れば早いが、そうすると、摩擦熱で中の水が沸騰して、魚が死ぬ。
 そうすると、駄目なんだよ、だいなしだ。
 だからね、手で削らせたんだ。
 時間がかかったが、大成功だった。
 やはり、最後は人力なんだ、全部」
 そういって、笑った。
 つまり、この不格好な金魚鉢は本物の石の塊で、このガラス面に見えるのは、中の空洞に触れるか触れないかのところぎりぎりを外から丹念に研磨したということなのか。
「しかし、それにしても、魚が、なんで」
 俺はというと、不思議でたまらない。
 何かの細工がしてあるおもちゃで、俺を騙そうとしているのではないか。
 この男というのは、いつもそうだった。
 呼び出しがあって、何か得なことでもあるのかと思えば、新製品のジョークグッズとかでいいだけ笑いものにされる。
 それでいて、金を貸して欲しいときは何度頭を下げても簡単に貸してくれない。
 今日だって、いきなり夜中に呼び出された。
 どんな仕掛けがあろうと、結局は、俺に何の得にもならない。
 適当に話を合わせて、気分がよくなったところで借金の話を持ちかける予定だった。
「言い伝えでね。石の中に住む魚の話があるんだ。
 その魚はね、福を呼ぶ。
 簡単にいえば、金持ちにしてくれるんだ。
 ただ、この石を割ってしまうと、中の魚が死んでしまう。
 話では、そのことを知らずに石を割ってしまった男が、金持ちの家でこれを見つけて、悔しがるというオチがついてる」
 そういって、不格好な金魚鉢を愛おしそうに撫でる。
 金持ち。
 他愛のない作り話だ。
 それでも、目の前に証拠がある限り、興味のない話ではなかった。
 中の魚がよく見えるように電気を消した室内で、彼は紫煙をくゆらせる。
「私は」革張りのソファに身を委ねて、「これに“財閥魚”と名付けた」どこか遠い目をしていった。
「それでは、この魚で、あなたはもっと金持ちになるわけだ」
 今となっては、俺の方が魚を見つめる時間が多くなっている。
 俺はここまで金に苦労しているのに、こいつときたらもっと金持ちになるのか。
「はじめに、それのことを知ったのは第二次世界大戦が終わる頃だ。
 日本のどこかに、この石がある。
 そういう話だったらしい。
 ヒットラーが日本に接近してきたのも、これだという話がある。
 最後は、あの山だ、ってときに、戦争が終わっちまった。
 アメリカもそれを期待して、日本にきたらしいんだが、肝心の書類がなくなっていた。
 情報が集まっていたのは、運が悪いことに広島だったんだよ。
 それからは苦労したよ。
 まぁ、戦後処理で情報がぐちゃぐちゃになっていたおかげで、先を越されずに済んだんだけどね」
 俺は、もう魚に夢中だった。
 薄闇の中、彼の声が遠くから聞こえるような気がする。
「でもね、私はね、それで金持ちになる、と、いうのは違うんじゃないかと思うね。
 実際、それを手に入れてから、特別に業績が上がったということはない。
 変わらずだ。
 このビルを建てたのは、財閥魚を手に入れる数ヶ月前だ。
 この地位だって、財閥魚を手に入れる、ずっとずっと前から築いてきたものだ。
 私の成功は、私が努力をしてきたから手に入れられたものだ。
 この魚がくれたわけじゃない。
 そこで思ったんだ。
 財閥魚は、切っ掛けじゃない、成果なんだ、と。
 つまり、これはトロフィーみたいなものなんじゃないか」
「でも、あの話では、金持ちが」
 俺は魚から目を離せないでいた。
 彼の話も半分にしか理解できない。
「ちょくちょくとまずそうなことが回避できたがね、これのおかげかどうか。
 よく見積もって現状維持はしてくれるのかもしれんね。
 ……あの男が失敗したのは、石を割ったことだ。
 中に、不思議なものがある、と、いうことを理解しつつ、“結果”を急ぐあまり、割ってしまった。
 そこに、彼が成功できない理由がある。
 そもそも、この石を探すために、どれだけの時間と金が必要だったか。
 つまり、逆説的にいうなら、成功者ではないと手に入らないものだったのだよ」
「そ、それなら……あなたにはいらないってことですか?」
 もし、そうなら、俺が……こいつには効果がなかったかもしれないが、俺になら違うかもしれない。
 こいつのことだから、かなり儲けていても、自覚がないだけかもしれないじゃないか。
「いや、これは大事なものだ。
 何故なら、これは“私が頑張った証拠”だからだ。
 私は、これを見つけるために苦労はしたが、それで事業を飛ばすことはしなかった。
 私から考えても、それは簡単にできることではなかったんだ。
 事業だって、一筋縄ではいかなかった。
 何度も、失敗をした。
 何度も、もうやめよう、と、思った。
 それを、私はついにやり遂げたのさ。
 そういう意味では、これは“宝物”なんだよ」
 欲しい、欲しい、欲しい……
 すでに俺の頭の中は、そのことでいっぱいで、「手放すつもりはない」以外はよくわからなかった。
 これが欲しい。
 どうしても。
 彼が、手元の煙草の灰と、灰皿を出していないことに気付いたとき、これは神が与えてくれたチャンスだと思った。
「俺が、とってきますよ」
「そうか、悪いな。私の後ろの棚に、ちょうどいいのがある」
 俺は、薄闇の中、注意深く、部屋を歩く。
 棚を手探りで開け、そこからずっしりと重みのある灰皿を取り出した。
「確かに、“ちょうどいい”ですね……」
 ゆっくりとあいつの背後にまわる。
「君も、いつも遊んでばかりいないで、日頃から……」
 背後から、灰皿を打ち下ろす。
 鈍い手応えを感じた瞬間、あいつはびっくりしたように両手をあげると、テーブルに頭をぶつけて、そのまま突っ伏した。
 この前観たドラマのような悲鳴は一切上げなかった。
 血が吹き出る頭の横で財閥魚が揺れる。
「こいつ! 俺の! 俺の魚が死んだらどうする!」
 怒り任せに、痙攣しつづけるあいつの頭を滅多打ちにする。

 どこかで、魚がはねている。
 水から揚げられて、苦しみながら、ぴちゃぴちゃ、と、身をねじっている。
 俺は慌てて、テーブルの上を確認した。
 血まみれになった岩の中で、涼しげに魚が踊っている。
 大丈夫だった、俺の魚。
 安堵で胸をなで下ろす。
 それでも、音は消えない。
 薄闇の中、目をこらすと、少し向こうで魚がはねている。
 わけがわからず、血でぬめる床を用心深く歩きながら、近づく。
 薄闇の中でも、ぼんやりと光る小魚は、俺が拾い上げようとしたときに動かなくなった。
 死んだ。
 そのとき、足下に、ぽちゃん、と、水が落ちる音がした。
 手元の灰皿から、ぽちゃん、と、また滴る。
 よく見ると、灰皿の厚い底に空洞があった。
 そこから、水が溢れている。
 まさか、この中に、魚が?
 何故、こんな、ところに。

 ……あの男が失敗したのは、石を割ったことだ。

 あいつの声がしたように思えて、よく見えない部屋を見渡す。
 色々な考えが頭を巡り、よろけた身体を支えようと手が闇の中を舞い、とっさに掴んで、体重をのせてしまったのは悪いことに飾ってある壺だった。
 それは簡単に床に落ちると、かちゃん、と、音を立てて割れた。
 水があふれ出す。
 割れた壺の中から、魚が現れて、ぴちゃぴちゃ、と、音を立てた。

 もし――
 魚を手に入れて幸福になるのではなく。
 魚を死なせたら、不幸になるんだったら……

 『……あの男が失敗したのは、石を割ったことだ』

 あいつの身体が、びくん、と、揺れた。
 血塗れの頭が割れて、水が溢れ、その水たまりの中で、また魚がはねた。

 <了>
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 結果を眺めていたら、「これをタイトルにして小説を書け!」という神の啓示があったので、書いた。
 こんな簡単な内容に、二時間半かかった。
 一発ねたということで、ご勘弁。


 あれ?
 連載なのに終わっちゃった……

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